英語力があった方が海外で不自由しないのは間違いないのだけれど、英語力があるからと言ってうまく生きられるかと言うと、決してそうではないと思う。

大した英語力が無くても現地にすぐ馴染む人もいるし、いつまでたっても一人で生活できない人もいる。
私は過去に会社のオフィスで暮らしていたりしたこともあるので、どのような環境にも比較的すぐに順応できるタイプだ。

先日、新しい部屋(シェアルーム)を見学に行ったときに、オーナーと交渉して少し家賃を値切ったところ、オーナーには君のような人は始めてだと三回ぐらい言われた。
交渉相手は韓国人だったが、日本語が少しわかる人で、私はもちろん日本語で交渉した。
不慣れな英語で交渉するよりも、自分のフィールドで口説いた方が有利だと思ったからだ。
ちなみに、それ以降は彼とは英語でコミュニケーションを取っている。

ここで思うのは、仮に英語が流暢な人が家賃交渉をしたとして、交渉のスキルを持っていなければどんなに英語が上手くても値下げできないということだ。
言語はあくまでも表面的なコミュニケーションの手段であって、相手の裏を読んだりするような交渉術はまったく別の能力になる。
私に商談の経験が無ければ、日本語が通じる相手でも家賃交渉はできないだろう。
当たり前のことだが、このことを意外と見落としている人が多い気がする。

ついでに言うと、オーナーが適当な契約書しか出してこなかったので、私は最低限の契約書(B5のルーズリーフ1枚に必要事項を手書きで書いた程度のもの)を自分で用意してオーナーにサインしてもらった。
本当に必要最低限のことしかできていないが、経理の経験がなかったら契約書を自分で用意したりすることもできなかっただろう。

自分の英語力の無さには日々焦りを感じながら生きているが、日本で経験してきたことはどこで何をしてもちゃんと生きてくると感じる今日この頃だ。